秘書と野獣
「華さん、動かなきゃ何も変わらないですよ」
「…え…?」
さっきまで見せていた貴重な笑顔は鳴りを潜め、そのかわりこちらが息を詰めるほどに彼は真剣な眼差しに変わっていた。
「結果は見えていたけど俺は動きました。残念ながら予想していた未来を変えることはできませんでしたけど…でもやらないよりはやった方がいい。きちんと正面からあなたに気持ちを伝えたことは一切後悔していません。それに、これから先未来が全く変わらないという保証もありませんからね。僅か1%でも可能性は残されているわけで」
「 …… 」
「今度は華さんの番じゃないんですか?」
「わた、し…?」
ドクドクと時間と共に全身で脈を打ち始めていくのがわかる。
「いいんですか。本当にこのまま社長に何も言わずにいなくなって」
そんな私の迷いごと一刀両断するように、野上君がズバリ核心を突いた。
「華さんの気持ちも理解できます。でももう一度よく考えてください。このままであなたは後悔しないって誓えますか? あなたはいい加減な気持ちで俺と向き合うことはできないと言いました。だったら自分の気持ちにも真剣に向き合うべきなんじゃないですか?」
「それ、は…」
野上君を見ていることすら辛くなって、咄嗟に俯いた。
その視線の先では膝の上の手がカタカタと震えている。
「…すみません。あなたの人生なんですから俺が口出しする権利なんてないってわかってるんです。でも、あなた達を見ているとじれったくて…」
彼の言うことはよくわかる。逃げる勇気があるのなら、せめて最後に潔くぶつかって散れと言いたいのだろう。もちろん私だってできることならそうすることが一番いいとわかっている。
わかってはいるのだ。
…だけど。