秘書と野獣
「…華さん、頑張ってくださいね」
「えっ? あ、うん。社長に会うと進藤社長いっつも飲み過ぎるから。明日はちょっとセーブしてもらえるように頑張らないと」
「…そうじゃなくて。華さん、あなたのことですよ」
「私の?」
何が? と思ったけれど、すぐにこれから先の私の人生を指してエールを送ってくれているのだとわかった。
「野上君、本当にありがとう。野上君と一緒に仕事ができて本当によかった。最後がこんな形になってしまって本当に申し訳ないけど…。また落ち着いたら必ず連絡するから」
「…そういうことじゃなくて。…まぁ、いずれわかることですね」
「へ?」
「いいですいいです、こっちのことです。じゃあ本当に頑張ってくださいね」
「ありがとう! 野上君も元気でね」
「はい」
明日出張が決まっている彼とは今日でお別れだ。差し出した手に大きな手が重なると、強い力でそれが握り返された。手のひらからも頑張れと言われているようで、不覚にも涙が出そうになった。
けど、最後はしっかり笑顔でお別れしたい。
「それじゃあ…いつかまた!」
ぶんっと勢いよく頭を下げると、私は一度も振り向かずにその場から立ち去った。
「 ……本当に。健闘を祈ります 」
去りゆく私の背中に野上君がそんな言葉を贈っていたなんて…思いもせず。