秘書と野獣



「くっ……ちょっ…重っ…! よ、い、しょっとぉっ!!!」



全身の筋肉を使って何とか車内に押し込むと、その勢いのまま自分の体も倒れ込んでしまった。まるで社長を押し倒したかのような構図だけれど、すぐに起き上がれないほどに疲労困憊だ。

「大丈夫ですか?」

「は、はい゛…ぜぇはぁぜぇはぁ、すみません、ここまでお願いしますっ…」

何とか上半身を起こして座席に腰掛けると、残された僅かな力を振り絞ってスマホを取り出した。示された地図を見た運転手さんが大きく頷いて車は静かに動き出す。


「はーはー、本当にっ……なんでこんなことになっちゃったのよ…」

毛穴という毛穴から汗が噴き出しているのは何も飲み過ぎたからじゃない。

少なくとも私は。


そう。全ては隣に転がっている我が上司が原因だ。



前の社長である服部さんとの会食で、社長はいつになくお酒を飲んでいた。
元々ザルな人だし、ちょっとやそっとでは酔わないのも知っている。というか本気で酔っている姿を見たことがない。
けれど、それを差し引いても今日はピッチが速かった。
異常なほどに。

この後人生最大のミッションが控えている私にとっては、いかに穏便にこの会食を済ませるかが最優先事項であり、特に社長とは少しでも早く別れなければと焦っていた。
けれど焦れば焦るほど彼はお酒を飲み続け、ついには出会って12年目にして初めて彼が酔いつぶれた姿を目撃するハメになったのだ。

服部さんはやれやれと笑ってたけど、私からしたらたまったもんじゃない。
何せこのまま社長を放置していくわけにはいかないのだから。
確かにこの後不義理を犯すとはいえ、いくらなんでも最後のお世話すらせずにさよーならができるほど薄情ではないつもりだ。

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