秘書と野獣
「すみません、それじゃあこの後はお願いしてもいいですか? どうしても急ぎの用があって…」
「大丈夫ですよ。責任持って部屋までお連れしますから。遅くまでどうもご苦労様でした」
「本当にすみません。ありがとうございます! それじゃあ失礼いたします!」
あれから社長の住むマンションまでやって来ると、私は真っ先にコンシェルジュへと助けを求めた。
社長が住むのは当然のように高級マンション。24時間コンシェルジュが滞在し、夜間は必ず男性がいることもよく知っていた。部屋の中にこそ入ったことはないものの、仕事の関係で何度かここに来たことはあったから、これを利用しない手はないと車内で考えていたのだ。
期待通りコンシェルジュの男性は快くそれを引き受けてくれ、聞こえているのかいないのかわからない状態の社長にしっかり挨拶を済ませると、私は飛び出すようにしてマンションを後にした。
あんな別れになったのが心残りと言えばそうだけど、素面の社長相手だと下手すればばれてしまう可能性もあっただけに、結果的にはこれでよかったのかもしれない。
「にしてもやっばいよ…! 時間がないってば…!!」
もはや感傷に浸っている余裕すらない。
何せ私はこの後夜行バスに乗らなければならないのだ。予定が大幅に狂ったせいで、差し迫った時間には一刻の猶予もない。これから先の生活が何一つ保証されていない私にとって、少しのお金だって無駄にはできない。
それに夜行バスにしたのは経済的な理由だけじゃない。
夜が明けてから行動に移していては絶対に野獣に捕まってしまう。
彼の行動力を間近で見てきた者として、それは自信をもって言えることだった。
何としても今夜のうちにはこの街からでなければ。
気分はさながらサバイバルゲームの主人公だ。