秘書と野獣
____あれから。
部屋を出たところでまさかの幻に遭遇した私は、想定だにしない事態に完全にフリーズしてしまっていた。
辛うじてこれは夢だ幻だと必死に自分に言い聞かせていたものの、その幻は妙にリアルな動きを見せながらあっという間に私の体を担ぎ上げた。驚く間もなく手にしていたはずのボストンバッグは玄関前に放り出され、あれよあれよと我が家が遠ざかっていく。
いや、元々ここから離れていくつもりだったのだけれど。
断じて、断じてこんな展開になるはずではなかった!!
「きゃっ?!!」
エレベーターを降りて一つの家の中に吸い込まれていくと、私の体は一直線にとある部屋の中へと放り込まれた。
読んで字の如く本当に投げられたのだ。
とはいえやってきたのはボフンという衝撃で痛みはない。
わけがわからずにいると、カチリとどこからか響いた音でようやく我に返った。
「あ…」
見れば笑みの中に明らかな怒りのオーラを滲ませた幻が…進藤社長が、一歩、また一歩とこちらへと近づいてくる。
「あ、あ…」
底知れぬ恐怖に身を竦ませると、私はじりじりと後ろへと下がっていく。
が、ものの数秒もしないうちに背中が壁…ベッドボードにぶつかり、その行く手を阻まれた。
「きゃあっ?!!!」
ダンッ!!と凄まじい音と共に社長の両手が私を挟むようにして背後の壁を叩きつける。これはいわゆる女子憧れの壁ドンというやつなのだろうが、とてもじゃないが萌えポイントなんて皆無だ。
完全に逃げ場を失った私の顔からは血の気が引いていく。
その変化をじっくり眺めながら、やはり社長はどこか楽しげに口角を上げた。