秘書と野獣
「な、んでっ…ひどい、ですっ…こんな…」
「酷い? それはこっちのセリフだろうが。黙って俺を捨てようとした奴に言われる筋合いはねぇよ」
「そ、れは…だってっ…」
ぼろぼろと溢れ出した涙がそれ以上の言葉を奪う。
その通りだ。
私はこんな目にあっても文句なんて言えないくらいのことをしようとしていた。
社長は私がいなくなったことに気付いたら怒り狂うと思っていた。そしてこうして最初から計画を見抜いていた彼と直面して、やはり怒っているのだろうと思っていた。
今この瞬間までは。
でもそうじゃない。
彼は悲しんでいるのだ。
信頼を寄せていた私に、こんな形で裏切られるということに悲しんでいる。
私は、自分が傷つきたくないがために一番大事な人を傷付けていたのだ。
「ごめっなさっ…ごめんなさいっ……ごめんなさいっ…! うぅ゛ーーーーっ…」
顔を覆って大声で泣き始めた私に、呆れたようにはぁーーっと大きな溜め息をつくと、社長は覆い被さっていた私の体から離れた。
今度こそ本当の本当に愛想を尽かされた。そうわかっていても、一度壊れてしまった涙腺は元に戻ってはくれない。
「ったく…」
延々と泣き続ける私の背中に大きな手が差し込まれると、そのままいとも簡単に上半身が引き起こされた。直後パサリと剥き出しの体に何かがかけられる。
ふわっと鼻孔をくすぐった覚えのある香りに、それが社長の着ていたジャケットなのだと認識した途端、ますますダムは崩壊してしまった。