秘書と野獣


ずるい。ずるい。ずるい。

どうしてこんなときまで優しくするの。
あなたがいつも最後にはこうやって甘やかすから、私はいつまで経ってもあなたを忘れることが出来ないんだ。
だからこそ、不義理だとはわかっていても強行突破するしか私にはとる方法が残されていなかったのに。


どうして。どうして私を引き止めたりするの。


「はぁ…。人のためならたとえ火の中水の中のお前が、なんで自分の幸せにはちっとも執着しないんだよ…」

言葉と共にギュウッと大きな温もりに包まれた。


____抱きしめられている。


そう思った瞬間、この腕の中にいるべきなのは自分ではないと本能的に体が動く。けれどそれは許さないとばかりに拘束する力は増してしまった。
力強いのに何故かとても優しい、そんな手つきで私を縛り付ける。

「はな、してっ…く、ださいっ…」
「断る」

しゃくり上げながらやっとのこと口にした言葉は見る影もなく瞬殺された。
それどころかより一層きつく抱きしめられる始末。

「どっ…して、ですかっ…どうしてっ、こんなことするのっ…!」

自分でもみっともない姿だったと思う。それでも、この時の私はもう自分の感情をコントロールするなんてことは不可能で。
駄々っ子がが泣き喚いてるのと全く同じ有様でわんわんと声を荒げた。


社長はそんな私の頭を引き寄せると、ぽんぽんと昔と変わらない手つきで優しく宥める。
私にとって最も残酷なことをするのだ。

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