秘書と野獣
「………っ…」
途端にずるずると制御不能になった体が椅子へと沈み込んでいった。
「…ダメ。…絶対に…泣いたりなんか、しないっ…」
言葉とは裏腹に、目の前の文字が滲んでみるみる見えなくなっていく。それでも、死んでも涙だけは零してなるものかと、唇が切れんばかりの勢いで強く噛みしめた。
ちゃんと普通に振る舞えていただろうか。
聡い彼に変に思われなかっただろうか。
どうか何も気付かれていませんようにと心の底から願いながら、ギュッと目を閉じて震える手を握りしめた。
「驚くことなんて何もない。ずっと覚悟していた時がきただけ。ただそれだけのこと」
言い聞かせるように呟いた声は笑えるほどに弱々しく震えていた。
それでも、呪文のように同じ言葉を何度も何度も心の中で繰り返す。
「…しっかりしろ、宇佐美華。あんたはただの秘書。社長をしっかりと支えるためだけに必要な存在。そのプライドすら捨てる気なの?」
ゆっくりと目を開けると、溢れそうになっていた涙は体の奥へと吸い込まれていた。これもまた長年培ってきたコントロール力で、我ながらよくここまで成長したものだと感心する。
「……よし、仕事頑張ろ」
そう。私にできることはただそれだけ。
こんなことで動揺するなんて許されない。
だって、いつかこの時が来るんだとずっと覚悟してたんだから。
ただその時がやって来た、それだけのこと。
だから、私も決断するときが来たのだ。
この長い片想いに終止符を打つ、その時が_____