秘書と野獣

「…それでやめてどうされるんです?」
「え…?」

どう、と言われても、正直それを聞かれると困る。実際、辞めた後のことまでは具体的に決めてはいなかったから。とにかく決まっていることは、もうこれ以上彼の秘書を続けることは無理だということだけ。

「…昔祖母が住んでた田舎に行こうかなって」
「田舎に? それでどうするんです?」
「え…と、お見合いでもしようかなって…」

「お見合いぃ?!!」

「ちょっ…声が大きいからっ!」

人のことなんて言えた立場じゃないくせに、またしても周囲から注がれた視線に慌てて目の前の口を塞いだ。すぐにその手が強い力で引き剥がされると、現れた瞳は何故か鋭い光を帯びていた。

「結婚するんですか?」
「え…いや、うまくいく保証なんてどっこにもないんだよ? ただ、私ももうすぐ30でしょ? いい加減自分の人生を考える時期に来てるのかなーって。元々キャリアを目指してたわけでもなかったし、このまま社長秘書をやっててもこの性格だとキリがないかなって。だから社長が結婚するのを機に自分を見つめ直すべきなんじゃないかと思って」
「…社長、結婚するんですか?」
「え? …あっ!!」

慌てて口を押さえたところでもう遅い。

「あ、あの、野上君、これはね、そのっ…!」
「なるほど。それであなたは辞める決意をしたわけですか。相変わらずあなたは時に明後日の方向に進んで行きますね」
「え。いや、それってどういう…って、そうじゃなくて! このことは…」
「もちろん言いませんよ。あなたの話が本当だとして、いずれ社長の口から直接話されることでしょうし。それよりも俺が気になってるのは華さん、あなたのことです」

「…私の?」

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