秘書と野獣
キョトンとする私にこれみよがしな溜め息が一つ。
「仕事をやめるところまではまだともかく。どうしていきなり田舎に行って見合いなんて話になるんです? あなたはそんなに結婚願望が強かったんですか?」
「う…これでも私だって女の端くれだし、け、結婚願望くらいあるよ…」
「だったらわざわざ田舎に引っ込む必要なんてないでしょう? もっと身近なところに目を向けてくださいよ」
「身近って…そんなこと言ってもそんな縁なんてどこにもないし、自分から動く気力もない私にはお見合いが一番いいかなって…」
「ここにいるじゃないですか」
「え?」
「今あなたの目の前に。あなたをずっと見てきた男がいるじゃないですか」
………………へ?
そんな間抜けな声は果たして実際に音となって出ていたのかどうか。
けれど、あまりにも真剣な顔を前に、笑い飛ばそうとしていた表情筋が一瞬にして引っ込んでしまった。
「…野上君?」
「社長に比べれば俺なんてまだまだひよっこなのはわかってます。それでも、あなたを養っていくくらいの力はつけたつもりです。今はまだ社長を忘れられなくても、いつか必ずあなたを振り向かせてみせます。だから俺と___」
「ちょっ…ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って! って、ひえぇっ?!」
咄嗟に振った両手がこともあろうか野上君の手に捕まってしまった!
しかもテーブルの上できつく握りしめられてるうぅっ?!!
「待ちません。むしろもう充分待ちました。あなたの幸せのためなら…と自分の気持ちに蓋をし続けてきましたけど、明後日の方向に行ってしまうのなら話は違う。田舎に行く必要なんてありません。あなたを大切にすると誓います。だから俺と結婚してください」
「………」