誰かを護れる、そんな人に私はなりたかった。
黒鮫は肩を抑えて蹲る。
当分、短剣は振れないだろう。
「……チッ、なん……で、殺さ……ない……ッ。」
『誰がお前らと同じことをするものか。
それに、お前らには死などという生温いものじゃ足りなすぎる。
もっと辛く苦しい罰を味わわせてやる。』
お前らの罪は……それほど重い。
「黒鮫ェ!!撤収だってよォ!!」
「ボクはまだ……やれる……ッ!!」
「その手じゃ無理だろうガ。」
そういってかったるそうに歩いていたのは、表で待機していたやつだろう。
「次は俺の番だナァ!?
俺は黒豹、次のステージで待ってるゼェ!?」
黒豹は黒鮫を担ぎ、帰っていった。
ふと膝の力が抜け、身体が傾く。
「大丈夫かいッ!?」
『……大丈夫。』
良かった。今日もちゃんと護れた。
〈お疲れ様。〉
『……ビビもね。』
今日は久しぶりに疲れた。
「さっきの人たちは……、」
『……殺し屋。でも、安心していい。
こっちの世界には、ある絶対的な掟がある。
"一度ターゲットの前に姿を現したならば、失敗しても二度と同じ相手の前に現れないこと。"
だから……貴方の前にはもう現れない。』
これは、アノ人がここに残した唯一のもの。
殺し屋でさえも守るこの掟は、それだけアノ人が偉大だったということ。
【護るのも殺すのも一度きり。
でなけりゃ、人もこの腐った世界も成長しねぇんだ。
俺たちは暗躍者であると共に、世界をあるべき形へ導く先導者でもあるんだよ。】
俺は、その先導者になれるだろうか。
まだその覚悟も、志も……自分の中にあるとは思えない。
でも、アノ人の意思だけは受け継いでいる。
「あ……あの……ッ!!」
『……なに。』
「その……君の手伝いをさせてくれないか……ッ!?」
その言葉に、耳を疑った。
この人は何を言っているのだろう。
あんな目に遭って、もう二度とこんなことには巻き込まれたくないと思うはずなのに。
それなのに、この人は……。
『……駄目だ。』
俺は目を伏せながら答える。
「どうして……、」
『……貴方は、優しい。
こんな世界に身を投じるより、もっと相応しいものがある。』
なぜなら、分かるから。
俺とこの人は違う。
俺は知っている。
この世界がどれほど狂ってるのかも。
"日常"に住む人が"異常"な日々に身を投じることが、どれほど危険なことかも。
「それなら……君も同じじゃないか……ッ。
人のために自分の命を盾にする、そんな君の方がよっぽど優しいじゃないか……ッ。」
その言葉に、俺は何も返さない。
違うんだ。
俺は優しいんじゃない。
ただ、目的のためだけに仕事をこなす。
自分のことしか考えていない自分勝手な人間なんだ。
現在時刻PM20:00、任務完了。