【完】『そろばん隊士』幕末編
◆28◆
だが。
有り得ない出来事が起きた。
退却先となっていたはずの淀城の稲葉家が、何と裏切ったのである。
すでに彦根井伊家からは鉄砲を射かけられており、撤退が始まっていた。
戦場で安濃津の藤堂家(藤堂平助はこの分家の旗本の庶子にあたる)が裏切ったのは外様なのでまだ分からなくもなかったが、彦根の井伊家と稲葉家に至っては共に譜代である。
「淀藩も…裏切ったとな」
誰も信じられなかったが、しかしそこを突破して、幕府の海軍が停泊する大坂湾まで転進せねばならない。
死の行軍、であろう。
「こういうときこそ、誠の旗を堂々と押し立てて進むべきと存じます」
意外にも岸島は、それまで意見らしい意見は言わなかったのに、初めて意思を表明した。
賛同したのは尾関、島田、原田、さらに永倉や横倉などの古参の幹部たちであった。
「岸島くんの意見、道理と存ずる」
土方はというと、
「それは薩摩長州に撃ってみろと言うようなものではないか」
と反論したが、
「我々隊士は、一同会津侯やご公儀のご恩に報いるべく、ご奉公の志を共にする同志であり、土方副長の子分ではない」
と斎藤一まで言い出したから、覆しようがなかった。