【完】『そろばん隊士』幕末編
廊下を進んだ。
奥の間の障子を開け放ってから、
「御用改である、失礼いたす」
と呼ばわった。
が。
暗がりの中には布団だけで、女が隅で震えているばかりであった。
「旦那はおりしません」
とのみ女は答えた。
「安堵いたせ、女子供は斬らぬ」
女は慌ただしく逃げた。
「…逃げたな」
土方は呟いた。
「では、それがしも切腹になるので…?」
思わず岸島はもらした。
「いや」
土方は苦笑いをした。
「きみは屯所に使いも出したし、指図に従った」
何も軍律は冒しておらぬ、と言ってから、
「これしきのことでいちいち隊士に腹を切らせていては、勘定方が誰も居なくなってしまう」
と笑って、もと来た廊下を引き返した。