【完】『そろばん隊士』幕末編
◆11◆
それからというもの。
さすがに岸島がおまさの元へ教えに行くのは不義と取られても困る、という段になり、
「ならばおしげに通って来てもらえばよい」
という斎藤一の提案もあって、屯所から歩いてほどない本堂の虎の間の片隅でそろばんを教えることになった。
「虎の間であれば、門跡さんや門主さんがおわさん限り部屋が遊んではりますよって」
との話であったが、何しろ広すぎて落ち着かない。
そこで。
普段は開けられてある襖を仕切ってもらい、障子だけは灯り取りで開けておき、そこでおしげにそろばんを教えた。
往来はおまさが迎えに来る。
境内でおまさに引き渡して、習い事は終わる。
金子はもらわず、おまさが携えて来た弁当がいわば授業料であった。
開け放ってあるから隊士が通り掛かっても、
「あぁ、そろばんの手習いか」
というぐらいで怪しみようもない。