東の空の金星
昔ながらの蕎麦屋は店の外まで出汁のいい匂いがしていて、
私のお腹を刺激する。

「こんにちは」と男が扉をガラガラ開けると、

「いらっしゃい、先輩。
今日は見慣れない美人を連れているんだね。」と元気な声に迎えられる。

「海で拾ったんだ。」

「またまたー。
こんな美人が落ちてるんなら、俺も毎日海に行こう。」

とクスクス笑った店員さんに

「俺はいつもの。
鴨南蛮のつけ蕎麦。を食うんだけど、
君はどうする?」と聞かれ、

美味しいお蕎麦は冷たいキュッと締まったやつに限る。
と常々思っている私も、

「美味しそうですね。私も同じ物を。」とお願いした。


先輩ってなんの先輩?」

「高校生の時のバレーボール。この辺が地元なんだ。」

なるほど。
背が高い彼は大きな壁になりそうだ。とチョット考え、くすんと笑うと

「笑った方が良いね。
桜の木下で会った時は
なんだか泣きそうに見えた。」と男はお茶を飲んだ。

「そうかな。桜が綺麗だったから…
そんな風に見えたのかもね。」

と私は少しだけ男と心の距離を取る。

私が失恋したのは、会ったばかりのこの男には関係ない。

と大きく微笑んで見せる。

「そう。」と男もにっこり笑った。
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