東の空の金星
私は預かっている合鍵を使って、左側のキッチンの奥にある勝手口をそうっと開ける。

店の大きな窓からまだ、暗い海と、東の空に輝く金星が見えた。

「やっぱり見えた。」と呟く。

パン職人はすごく朝がはやいので、

私はその星をいつも見て仕事に通った。

疲れた日も、辛い日も、

天気が悪い日も…

見えなくてもそこにいつもいてくれる。

そう思うと、

がんばれた。

これからも、よろしく。と窓に寄って見ていると、

庭に人影がある。

背の高い男の人が
ほとんど花が残っていない桜の木に向かって何か喋っているようだ。


誰?

もしかして


泥棒?!


私はジリジリとキッチンに近寄って、武器になりそうな物をさがす。

と、

その男は、アッサリと私をみつけて、
ガラス戸を明けて、店に入って来た。

おもわず、フライパンをにぎって後ろに隠す。

大きな男だ。
マスターも背が高いけど、
こいつはガタイがいいって感じ。

捕まったら、瞬殺だな。
と手に汗をかく。

「おまえ、誰?」

こっちのセリフだ。

口が効けずに、私はさらに後ろに下がる。


「ああ、シマリスか。」とその男は不意に笑い出す。

シマリス?

「ここに住んでる藤原 大和(ふじわら やまと)だよ。」


ああ?!

そう。

そうか。

すっかり、ここに人が住んでいるって忘れてだぞ。

バクバクと鳴る心臓をなだめながら、

私はフライパンを後ろに隠したまま、冷蔵庫に寄りかかった。
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