東の空の金星
香ばしい匂いが部屋に広がる頃、
再び、オーナーが起きて来た。


最近は焼きたてが1番。と気づいたようで、
私が味の確認をする(一応の名目だ。)ために試食するのをワクワク待って、
私が半分に割った茶色い月の残りの半分を朝食の前に口に入れるようになっている。

「本当に美味いね。
コレステロールの異常はないけど、
やっぱり毎日は食べられないなあ。」と言いながら、窓の外を眺めている。

「何を見ているんですか?」と聞くと、

「明けの明星。もう、見えなくなるけど…」

「東の空の金星のことですか?」

「そう。空が明けていくときに見える一際(ひときわ)輝く星。」

「私も好きです。
いつも、その星を見ながら出勤するんです。
何があっても、そこにあって、
大丈夫。と思えます。」と言うと、

「うん。そうだな。
夜明けに目覚めると、いつも見える。
『大丈夫と思える』…か…」

と大和さんは呟き、

ふたりで並んで窓の外を見る。


金星はもう見えなくなる。

でも、そこにあるのを私達は知っている。

大丈夫。というように輝いているのを知っているのだ。


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