東の空の金星
夕暮れ時、
やっと座れたイルカのショーをたくさんの人達と一緒に見る。

「おお!」
「すごーいい!」とふたりとも思わず声が出てしまう。

イルカは体を捻って高くジャンプしたり、
トレーナーさんの合図で、歌を歌ったりする。

私は口を開いてイルカを見ている大和さんの顔を観察し、

やっぱり子ども。と心の中で言っておく。

帰り道でこの辺りの名物。と言われて、
生しらすと釜揚げしらすの2色どんぶりを一緒に食べる。

生のしらすは初めて食べたけど、とても美味しい。



「大和さん、この間、駐車場を開けたら、
大きなオートバイがあったんですが…いつ乗ってるんですか?」

とふと、思い出して聞いて見る。

「うーん。風を切って走るのが好きで、
若い頃はよく友達とツーリングに行ったり、
1人でもあちこち出かけたな。
桜子と一緒にいた時は、ふたりで乗った。
日帰り温泉とか桜子が好きで、よく行ったし、
桜の咲く頃は毎年桜を見に行った。
…でも、もう乗ってない。」

「桜子さんがいなくなったから?」

「…そうだなぁ。
振り向いても桜子がいない。って思うと、
乗りたくないのかもしれない。」と大和さんは考えながら言った。

そう…なの?

「でも、桜子さんと出会う前からの趣味。なんですよね。風を切って走るのが楽しいんでしょう?
だったら、乗ったらどうですか?」

「もう、乗らないかな…」

と大和さんは口を閉ざして、お茶のお代わりを頼んだ。



何を言ってるの?

桜子さんだって、自分がいなくなったら、

オートバイに乗るのをやめてしまったなんて知ったら悲しむはずだ。

大和さんがずっと好きな事だったんじゃないの?


桜子さんと共有した事だとしても、

桜子さんも大和さんがこんな風にオートバイに乗らなくなるのなら、

いっそ、一緒に乗らなかった方が良かったと思うに違いない。
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