東の空の金星
「山下さん。私は藤原さんにもう一回オートバイに乗ってもらいたい。
お節介だって思ってるけど、そのきっかけを作りたい。
奥さんが亡くなって、大和さんはオートバイに乗るのもやめてしまった。
昔から好きだったこともやめてしまうって、勿体無いって思いませんか?」と言うと、

「まあね。でも、人にはそれぞれ踏み込めない事情があるだろ。」

「私だって、そう、踏み込みたいわけじゃありません。
でも、腹がたつじゃありませんか?
奥さんはきっと、大和さんにオートバイに乗って欲しいって思っていると思うんです。
それなのにあのオジさんは奥さんを思い出すから乗らないって言うんですよ。 」

「なんで死んだ妻のことがわかる?」

「だって、奥さん桜の花になるって言ったんですよ。
花が咲いたらみんなに会いに来る。って
そのほかの時は忘れて欲しいって、言ってたんですよ。
いつもは、自分の事を考えなくていいって…。
そんなの大和さんに自分がいなくなっても
この先ちゃんと生きて行って欲しいって思ってるからじゃないですか?
自分と過ごしていた時みたいに前を見て、オートバイで風を切っていろんな景色を見て楽しんで欲しいって、
新しく出会う人達ともきちんと向き合って欲しいって…
なのに、大和さんったら、…
女心が分かっていないにも、ほどがあります!
もし、私がが妻だったら、
今の大和さんを見たら、絶対に怒ります。」

「藤原はちゃんと生きてないと?」

「今の大和さんは、奥さんとの思い出を壊さないように生きているだけです。
家と仕事場の往復だけして、
ずーっと休みの日にも仕事をしていて、
家の中に閉じこもって…
きっと奥さんがいないと何をしてらいいのかわからないんですよ。
オートバイの後ろに奥さんがいないがわかるのが嫌だって。
オートバイにも乗らないで、
夜明け前に目が覚めて、眠れなくて起き出して
奥さんが幸せだったのかって考えて
…馬鹿みたい。
死んだ人は生き返りません。
生きてる人がいいように考えればいいんです。」と怒った声で話すと、

山下さんはゲラゲラ笑いだす。

「お嬢ちゃん、面白いねえ。
でも、藤原ことを考えてるのはわかったよ。」とうなずいた。
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