王様と黒猫
いつの間にか俺は、あの黒猫の話をしていた。

シオンという令嬢が木に登って黒猫を助けた事、その黒猫はどのくらいの大きさで、どんな毛並みをしているか。食事は何をあげていて何を良く食べるかとか、城内で酷いいたずらをする事まで。

まるでとてつもない猫好きのように、息継ぎもろくにしないで一気に話した。

思いつく限りの黒猫の話をしてしまうと、どうして自分はこんな話をしているのかと、やっと我に返った。

そして冷めきってしまった紅茶をがぶがぶと飲み干す。

アシュリーはそんな俺の訳のわからない話を、一度も口を挟まずに黙って聞いていてくれた。




話が途切れると、彼女はそっと口を開く。


「陛下、その黒猫のいたずらを止めさせるには、名前を付けてあげればいいのでは?」

「名前?」

「ええ。そしてその名前で呼べば、きっと陛下に懐いていたずらを止めると思います」


…………名前。


そういえば、あの黒猫にまだ名前は無かった。どうして今まで付けなかったのだろう。


「ああ、そうだな。名前をまだ付けてやっていなかった」

「どんな名前を?」

「そうだな……」


ふと、シオンの顔が浮かんだ。黒猫を助ける為に奮闘してどろどろに汚れた顔の、シオン。


「――――シオン……あいつの名前はシオンに決めた」


アシュリーはそれを聞いて、いい名前だわと笑った。

そして彼女は、初めて俺を陛下ではない別の名前で呼んでくれた。


「ねえ、アレックス」


その顔はもう国王を敬う顔ではなく、あの頃のアシュリーだった。




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