王様と黒猫
この国でその紋章を名前代わりに使っていい人なんて、私は一人しか知らない。





――――アレックス国王





顔面蒼白になっているお父様と同じように、私の体の血の気も引いて行く。

陛下がうちみたいに、つつましく暮らしている公爵家に直々に文書を送ってくるなんて、よっぽどの事がないとありえない。


よっぽどの事………………

ああ、一つだけ、思い当たる事があった。


いつも私は午後になると、弟と一緒になって外を走り回っている。

そんなある雨上がりの日に、いつものように弟と雨を受けて濡れている木に登って遊んでいた。木に登って上から枝を揺らすと、葉に残っている雫がぼたぼたと振り落ちて、それをどう避けるかを二人で競っていたのだ。

もちろん濡れた幹は滑りやすく危険は十分承知していた。でも弟も私と二つしか年が離れていない十六歳にもなっていたので、多少の心の緩みはあったのだと思う。

私が次にどうやって雫を避けようか考えていると、登っていた弟は足を滑らせて、木から落ちてしまったのだ。幸い、一緒について来ていた護衛の処置が的確だったので大事には至らなかったが。

しかしそれをきっかけにして、今まで私のお転婆ぶりに手を焼いていた両親は、少ないつてを駆使してとんでもない所へ私を荒療治として送り込んだ。弟を危険な目に合わせてしまったという負い目のある私に、拒否権はなかった。

身なりを整えさせられ、ドレスまで新調して馬車に無理やり押し込められるようにして行った場所は……




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