王様と黒猫
無精ひげを剃れだとか、服装は正装にしろとか、ごちゃごちゃと言われたが、結局言う通りやったのは髭を剃った事だけだった。服装なんて特にかしこまる必要も無いだろう、ただの食事なんだから。
俺が身づくろいにごちゃごちゃ言われている間に、公爵ご令嬢は城の中庭にあるガーデンテラスへ通されたらしい。
普段着で部屋を出た俺の後を、正装を抱えて泣きそうな顔で追いかけてくるメイドを振り切って、速い足取りでその部屋へ向かった。
ガーデンテラスへ続くドアを開けると、まずその清々しい空気に心を洗われた。暫くここには来ていなかったが、城の庭師はなかなかいい仕事をしているようだ。
中庭へ繋がる壁一面は、ガラス扉で仕切られ、そこから中へと光が差し込んでいる。庭の中央には小さな噴水があり、それを囲んで色とりどりの花が植え込まれ丁寧に手入れをされていた。
木々はガーデンテラスを、俗世界から引き離すように周りを目隠ししながら取り囲んでいる。
庭を眺めながら食事が出来るようにテーブルが設えてあったが、そのどの席にもご令嬢の姿は無かった。
不思議に思いぐるりと見回してみると、中庭へ出るガラス扉が一つ開いていることに気が付いた。それに引き寄せられるように外へ出てみる。
――――いた!
噴水の向こうに、ぼんやりと腰掛けているご令嬢。
空を見上げ退屈そうにしているその後ろ姿は、俺が随分待たせてしまった事を示していた。