王様と黒猫
「空が好きなのか?」
そっと近づき声を掛けると、ご令嬢は驚いたように振り向いた。
「あ、アレックス陛下!」
真っ赤な顔をして声を上げると、弾かれたように立ち上がり頭を下げた。
「申し訳ございません!」
何を謝っているのか俺にはわからなかった。でも頭をさげたままのご令嬢が着ている薄い水色のドレスが綺麗だな、とそんな事を思っていた。
ご令嬢は頭を下げたまま、いつまで待ってもそれを上げようとしないのでもう一度声を掛ける。
「何が申し訳ないのかわからないが、そろそろ顔を見せてくれ」
そう言うとご令嬢はもう一度謝り、やっと顔を上げた。
目の覚めるような美人とは、この事か。
写真で見たよりもずっと、その瞳は庭に降り注ぐ光を反射させ、長い黒髪はさらさらと風になびく。肌は白く、頬にピンクの薔薇の様な赤みが差していた。小さな唇は、艶やかで。
しばしそれに見とれていると、居心地の悪そうに彼女は笑みを浮かべた。
「アレックス陛下、勝手にお庭へ出てしまって申し訳ありません……あまりに美しかったものですから」
その可愛らしい口からは、鈴の音のような軽やかな声が響く。
「……陛下?」
「あ? ……あ、ああ。確かに綺麗だな、この庭は」
今度は俺が逆に驚いてしまった。
ご令嬢の容姿に、鼻の下を伸ばしていたのがばれてないといいのだが。
しかし、見とれてしまったのも無理は無いと自分で思った。ここ近年出会った『ごかいしょく』のご令嬢たちは、ごてごての化粧と宝石で飾った者。素朴すぎて手に余る者、そんな見本市みたいなものだったからだ。
この誰が見ても美しいご令嬢を、後で執事に自慢してやろう。