身代わりペット
「大丈夫か!?」

「…………」

「おい!中条!?どこか怪我したか!?」

「……いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

私の一拍遅れた返事を聞いて、課長がホッとため息を漏らした。

立ち上がり、スカートの裾の埃を叩き落とす。

「本当に大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。お邪魔しました」

私はもう一度頭を下げ、課長の家を逃げる様に後にした。

あ、おい!と後ろから呼び止められた気がしたけど、そんな事よりも早くこの場を立ち去りたかった。

別にコケた事が恥ずかしかったワケじゃない。

いや、ちょっとは恥ずかしかったけど、そんな事はどうでも良かった。

(やっぱり課長だったんだ……)

コケそうになって抱き留められた手。

夢の中で抱きしめられた温かさ、力強さと同じだった。

(なんで?なんで課長なの?)

あの時、隣に眠っていたのが課長だったから?

和矢が隣にいたら、あの夢の相手は和矢だったの?

(でも……)

そんな状況、今までいっぱいあった。

なのにあんな幸せそうな夢、一回だって見たことがない。

(私が好きなのは和矢なのに!)

頭が混乱してきた。

私は急いで携帯を取り出す。

『和矢』をアドレスから呼び出し、コールする。

プルルル―――。

プルルル―――。

カチャ――。

「かずっ――」

『只今電話に出られません。ピーッと言う発信音の後に―――』

私は最後まで聞かず、電話を切った。

「なんでこんな時にまで出ないのっ!?」

怒りなのか悲しみなのか、訳の分からない感情と涙が込み上げて来る。

「もう、しんどいよ……」

その感情と涙を必死に堪えて、青く澄み渡った空を見上げて呟いた。
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