身代わりペット
「ふぅ……」

切れそうな息を整えて課長に目を向けると、課長は玄関に置いてある一人掛けの丸い椅子に項垂れながら腰を下ろした。

「あの、すみません。何も言わないで勝手にいなくなってしまって」

「いや、俺も急に怒鳴って悪かった……」

課長が掠れた声でボソッと呟き、額から流れている汗を拭った。

よくよく見ると、課長は汗だくになっている。

そんなになるまで私を探してくれていたのだろうか。

私を探して慌てふためく課長を想像して、ちょっとニヤける。

(いやいや、いかんぞ!心配をかけたんだから、まず謝らないと!)

私はニヤニヤしてしまう顔を引き締め、頭を下げた。

「あの、さっき大家さんから電話があって、荷物を運び出せるよって連絡が来たんです。それで、アパートに帰ってました。何も言わずに、本当にごめんなさい」

「……そうだったのか。だからこの荷物…いや、俺もすまなかった。出て行ったのかと心配になって、大声を上げてしまって……」

課長が顔を上げ、私の足元に散らばっている荷物を見てホッとした様子を見せた。

「携帯に電話しても出ないし、焦ってしまったんだ」

「え?電話?」

私は首を傾げた。

(さっきも言ってたけど、携帯、一度も鳴ってないんだけどな)

そう思ってバッグから携帯を取り出す。

「……あ」

いつの間にか電源が落ちていて、「応答なし」状態になっていた。

う~ん。以前にもあったな、これ。

「すみません、課長……携帯、電源落ちてました……」

学生の時から使ってる携帯だから、もう寿命なのかも。

ハハハと笑いながら呟いたら、「新しいのに買い替えろ!」と怒られ、私は肩をすくめた。

「は、はい!今度の休みに買い替えて来ます!」

課長はブツブツ文句?を言いながら止まらない汗を拭っている。

「……そのシャツ、洗濯しちゃいましょうか。課長はお風呂に入って来て下さい。その間に洗濯しちゃいますから」

「え?」

唐突な話に、課長がキョトンとしている。

それを見た私は慌てて首を振った。

「あ、嫌じゃなければ、ですけど!ただ、私を探し回ってくれて掻いた汗なので……」

しまった。

出しゃばり過ぎたかな。

勝手に洗濯、とかって、嫌がるよね普通。

和矢の時もそうだったじゃない。

お節介を焼き過ぎて、『ウゼー』とか『余計なお世話』とか言われてたのに。
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