さよなら流れ星
本は好きだ。表紙をめくるだけで、魔法のように違う世界へ連れて行ってくれる。
そこで僕は難事件を解決する探偵にもなれるし、超能力で悪い奴をやっつける女子高生にもなれる。
僕一人の身体で、何人もの人生や感情を体験することができる。海を泳ぐ魚にだって、空を飛ぶ鳥にだってなれる。
だから僕は、本を読むことが好きなんだ。
_____ピンポーン
僕一人だけの時間を断ち切るように、軽快なインターホンの音が響いた。
誰だろう。まあ、わざわざ僕の部屋にやってくるような物好きを、僕は一人…いや、二人しか知らないのだけれど。
「こんにちは、隆さんに…莉央ちゃん。」
ゴミが散らかった机の上になんとか本を置いて、玄関に向かう。
扉を開けた瞬間に目に入ったのは、僕の腰くらいの身長の少女と、ツーブロックのいかつい中年男。
隣の部屋に住む父娘…隆さんと莉央ちゃんだった。
「はは、ドア開ける前から誰だかわかってたって顔だな。久しぶり、流星。」
「流星お兄ちゃん!久しぶり!」
久しぶりもなにも、最後に会ったのはたったの5日前だ。
内心辟易としながらも、いつも通り人好きのする笑顔を浮かべ、軽く会釈をした。
「それで、今日は一体どういう…?」
「そうそう、さっき夕飯作ったんだけど作り過ぎちまってさ。」
そう言って隆さんが差し出したタッパーの中には、肉じゃがが入っているのが見える。
先月にも肉じゃがを分けてもらった記憶がある。陸さんの得意料理なんだろうか。
「そんな…悪いですよ。」
「いいんだよ。衰えてくばっかのジジイと小学生の娘だけじゃ食べきれないんだ。お前だってもう17だろ?食べ盛りなんだから、ありがたく受け取っとけって。」
断る間も無く無理矢理それを押し付けられる。
僕は苦笑いを隠すように、「いつもありがとうございます」と深くお辞儀をした。