さよなら流れ星
「そう…そう、だな。ありがとう、流星。やっぱお前、頼りになるわ。」
力なく笑うと、水を取りにキッチンへと向かう隆さん。
今の隆さんの姿は、見覚えがある。
数年前、隆さんの奥さんが亡くなったときと同じだ。
隆さんの奥さんは、10年前…莉央ちゃんを出産すると同時に亡くなった。
今の時代では珍しいことではないし、前もって心の準備はしていたはずだ。
それでも隆さんにとっては相当ショックだったんだろう。
普段の豪快な様子が嘘だと思えるくらい、あの頃の隆さんは憔悴しきっていた。
そして同時に僕は、人の死は、人をこんなにも変えてしまうのか、と。幼心にショックを受けたのを覚えている。
その数年後には、僕もその『人の死』を…父の死を、経験することになったのだけれど。
「…お兄ちゃん、」
寝間着の裾が引っ張られるのを感じて、ハッと莉央ちゃんを見ると、彼女は熱で苦しそうにしながらも笑顔を浮かべていた。
「お兄ちゃん、あのね、これ、昨日読み終わったの。だから、返すね。」
そう言って莉央ちゃんが枕元から僕に渡したのは、一冊の文庫本。
ああ、貸していたのはこれだったか。
『さよなら流れ星』。僕の一番好きな本だ。
これを貸していたことを忘れるなんて、読書家失格かもしれない。
「莉央ね、この本、すっごい好き。だってこれに出てくる男の人_____」
莉央ちゃんの言葉はそこで途切れた。
突然激しく咳き込んだからだ。
水を汲みに行っていた隆さんが、コップいっぱいの水を持って慌てて戻って来た。
「莉央、莉央!」
僕はなにもできないまま、隆さんが莉央ちゃんに心配そうに声をかける様子をただ黙って見つめていた。