特別な君のために
静かな晩御飯だった。
千春が戻ってきたときは、とても賑やかな食事になるはずの我が家なのに、お父さんは残業、お母さんと千春の間はぴーんと張り詰めた空気が漂っている。
私はただそれを眺めるだけだった。
「お母さん、スプーン取って」
箸が使えない私は、固定された中指の扱いに戸惑いながら、スプーンでご飯を食べている。
しかし、残念なことに今日のメニューは焼き魚。
ようやくそれに気づいたお母さんが、魚の身をほぐしてくれた。
それを見た千春がひとこと。
「おねーちゃんも、このおはし、つかう?」
千春が使っているのは、矯正箸だ。
別に私は正しい箸の持ち方ができない訳ではなく、誰かさんのせいでケガをしてこうなったというだけなのに。
それが理解できない千春に怒ってもしょうがない。
でも、怒りが湧いてくるのを抑えることも難しい。
表に出ようとしている怒りを、心の住人・鉛で作り上げたガチムチな兵隊さんに通せんぼさせるイメージを作り出す。
なかなかいい仕事っぷりで、がっちりガードを固めている。
これでよし。
「痛くてあんまり食べたくない。ごちそうさま」
この重苦しい雰囲気から逃げ出すようにして、自分の部屋へ戻った。