特別な君のために

「いちにの、さん、はいっ!」

私だけが違うパートを歌い出し、ソプラノのキラキラしたメロディーがそれに重なっていく。

二つのメロディーが調和して、狭い講義室がいっぱいになるこの瞬間が好きだ。


やっぱり私は、歌うことが好きだ。

筋トレやランニングは苦手だけれど、いい歌を歌うために地道に頑張ることは、嫌いではない。

もう少し、歌いたい。

部活を引退して終わりになるのは、寂しい。

少しでも長く、今のメンバーと歌うために、コンクールで勝ち進むことが必要だけど、勝つだけが目的ではなく、心の底から歌うことが好きだ。

歌おう。精一杯歌おう。

『歌っている間は、嫌なことも何もかも忘れられる』

そう言って勧誘してくれた奏多先輩に改めて感謝した。

今、おそらく多目的教室で男声パートの指導をしている奏多先輩にも、私達の歌声は届いているだろうか。

一緒に歌うことはできなくなったけれど、誰よりもノリノリで楽しそうに歌う奏多先輩の姿は、今も鮮明に思い出すことができる。


ふと、思った。

……私も大学生になってから、合唱のサークルに入ればいいのかも知れない。

周りの子が当然のように進学を希望する中、私は自分の偏差値に合う大学を適当に「志望校」としていた。

やりたいことが、みつからないから。

将来、どんな仕事に就いても、一番大事なのは「妹の面倒をみること」だから。

< 56 / 179 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop