特別な君のために
「いちにの、さん、はいっ!」
私だけが違うパートを歌い出し、ソプラノのキラキラしたメロディーがそれに重なっていく。
二つのメロディーが調和して、狭い講義室がいっぱいになるこの瞬間が好きだ。
やっぱり私は、歌うことが好きだ。
筋トレやランニングは苦手だけれど、いい歌を歌うために地道に頑張ることは、嫌いではない。
もう少し、歌いたい。
部活を引退して終わりになるのは、寂しい。
少しでも長く、今のメンバーと歌うために、コンクールで勝ち進むことが必要だけど、勝つだけが目的ではなく、心の底から歌うことが好きだ。
歌おう。精一杯歌おう。
『歌っている間は、嫌なことも何もかも忘れられる』
そう言って勧誘してくれた奏多先輩に改めて感謝した。
今、おそらく多目的教室で男声パートの指導をしている奏多先輩にも、私達の歌声は届いているだろうか。
一緒に歌うことはできなくなったけれど、誰よりもノリノリで楽しそうに歌う奏多先輩の姿は、今も鮮明に思い出すことができる。
ふと、思った。
……私も大学生になってから、合唱のサークルに入ればいいのかも知れない。
周りの子が当然のように進学を希望する中、私は自分の偏差値に合う大学を適当に「志望校」としていた。
やりたいことが、みつからないから。
将来、どんな仕事に就いても、一番大事なのは「妹の面倒をみること」だから。