特別な君のために
いや、今は歌に集中しなくては。
今の私は、つい悪い方に考えてしまう。
みんなのメロディに、私の声が重なるこの瞬間を楽しまないと。



一曲歌い終わって、なるみがまず一言。

ソプラノ約二十人全員を見渡して、ゆっくり口を開いた。


「美冬の歌声って、周りがどれだけ主張していても、揺るぎない正確さっていうか、安定感があるんだよね。美冬がいれば、他のパートとの音の重なりも意識した練習がスムーズにできるから……もう、休まないでよね!」

「通院以外ではもう、休まないようにします。パートリーダーが怖いから、ね?」

私もそれに応える。なるみは本当に一生懸命練習に取り組んでいるのがわかるから。

私事(わたくしごと)でこれ以上、みんなに迷惑をかけられない。

そんなことをしてしまう自分を、これ以上嫌になる前に気づくことができて良かった。

奏多先輩となるみのお蔭だ。


なるみの眼が、ちょっとだけ潤んでいるように見えるのは気のせい、だろうか。

私もさっきちょっとだけ泣きそうになったから、おあいこ、だけど。

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