特別な君のために

パート練習、全体練習が終わり、連休中の校舎の使用リミットである六時半となった。

明日の練習の確認と、顧問の五十嵐先生からのコメント、そして部長の挨拶でいつもの練習メニューが終わった。

奏多先輩は教室の一番前の隅で、私達の様子をじっと見ていた。

時々、小さな声で一緒に歌いながら。

心の底から湧き上がってくる『歌いたい』っていう気持ちが、奏多先輩の表情、しぐさ、小さな声から伝わってくる。

私が気にしすぎていたせいか、歌っている最中にも、何度か目が合った。

その度に、私に向かって小さく片手を前に伸ばす動作をしている。

普通は『どうぞ』に見える動作だけど、障がい者が言葉の補助として使うマカトンサインでは『やってみよう』とも受け取れる動作。

つまり『真面目に練習しろ、指揮者を見ろ』という意味、なのだろう。

さっきの私の話、しっかり覚えていて使っているのかも知れない。

< 58 / 179 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop