特別な君のために
いよいよ全国大会へ出発する日の朝。
キャリーバッグにたくさんの荷物を詰め込んで、玄関を出る。
いつもの二重ロックを開けて、お母さんへ元気に挨拶をして。
「気を付けて行きなさいね。昨日も遅くまで勉強していたんでしょう?」
「大丈夫。移動中に寝るから」
「ならいいけど。精一杯歌ってきなさい」
「じゃあ、あとでテレビの録画、頼んだよ!」
コンクールの様子が、全国ネットで流れるから、これは絶対に録画して欲しかった。
まあ、ついでにドラマの録画も頼んだけれど。
「任しといて。お父さんに頼むから!」
誇らしげに胸を叩くお母さん。相変わらず機械にはめっぽう弱い。
「……やっぱり。お父さんに忘れないで伝えてよ!」
そんな他愛のないやりとりをして、またお母さんが一言。
「ハンカチ持った? どうせ泣くんだから、テレビ映りのいい可愛いハンカチ持って行きなさい」
「はいはい。持ちましたよ。お母さんに似て泣き虫だからね、私も」
お互い、ニヤリと笑ってから家を出た。