伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
1.貧乏男爵令嬢は家のために結婚する

その日、メルヴィル男爵家に一通の封書が届いた。
屋敷の主人である男爵は、メイドのマギーからそれを受け取ると、怪訝な顔をして差出人を検めた。


「ノーベリ―伯爵……? なぜ?」


執務室は薄暗い。明かりの数を制限しているのだ。もっとはっきり見ようと男爵は窓際にある机に寄った。

机の上に広がっている書類を手で床に払い落とし、ペーパーナイフで手紙の封を開ける。床に落ち一面に広がった書類は督促状だ。男爵はそれを睨みつけ、意識的に踏みつけた。


メルヴィル男爵は、五年前に病気で妻を亡くして以来、不運続きなのだ。
投資していた船舶会社の船は転覆し、負債の一部を負担させられるし、貴族議員としての活動も反対派閥からの圧力で制限されている。

奥方が中心となって行っていた慈善事業も引き継ぎ手が決まらず宙ぶらりんなままで、援助を要請する手紙だけが山のように積み重なっている。

心労で日に日に活力を失っていた男爵は、病気で寝込んだ昨年の冬をきっかけに引きこもるようになってしまった。

屋敷の主人が意識的に働かなければ、貴族とはいえ立ち行かなくなる。屋敷の維持にもお金がかかるのだ。投資が失敗中の今、わずかな土地の借地代だけでは、上位貴族に支払う税金代にしかならない。

多くいた使用人は、支払いが滞るようになるとすぐに屋敷から逃げ出した。
今残っているのは、夫妻でもあるメイドのマギーと従僕のカークだけだ。年配で、住み込みで他に雇ってもらえるところがないから仕方なしにいる、といった体である。

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