伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
父に近況を知らせる手紙を書いたのは、三ヵ月前のこと。
それを仕事で領地外に出るデイモンに託した。
郵便配達制度はそれなりに発達しているが、それは都市部のほうだけでここのような辺境地までは及ばない。特に偏屈と噂されるノーベリー伯爵あての手紙は、一つ手前の村に留め置きされることも少なくない。
それを回収してくるのもデイモンの仕事であり、この手紙は、昼頃に屋敷へ戻ってきたデイモンから受け取ったばかりのものだ。
父からのいい知らせに、気持ちが軽くなる。
どうやら少しずつ、父親の引きこもりは改善されているようだ。メルヴィル男爵家の復興も夢ではない。
「国王様の誕生祭。……オーガスト様は行かれるのかしら」
オーガストは父とは別の意味で引きこもりだ。
彼の場合は健全なる精神がないのではなく、すぐに猫化してしまう体を見られないための苦肉の策なのだ。
無理にとは言えないが、ドロシアも父の顔は見たい。
ドロシアは風の吹き抜けるバルコニーを出て、室内に入る。風が入り込まない室内はあたたかい。日の光が空気を存分に温めてくれているからだ。
「みなさん、オーガスト様はどこにいらっしゃる?」
廊下では使用人たちが床磨きに精を出していた。
ドロシアの問いかけに「今日は猫の時に庭で見ました」だの、「朝食以来お姿を拝見していません」だのと聞こえてくる。
引きこもりの上に屋敷にいても存在感がないのはどうしたことかと思わざるを得ない。
「ああ、デイモンさまが執務室に入っていったのでおそらくそちらではないかと」
三人目でようやく現在の居場所につながりそうな証言を得て、ドロシアは彼の執務室に向かう。