伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
ドロシアは問いかけには応えず、苦笑したまま「お父様をよろしくね、ヒース」と告げる。
「なんで姉上がそんな辺境のおっさんのもとに行かなきゃいけないんだよ」
「メルヴィル家を守るためよ」
「家にこだわってるのは親父だけだろ。そのくせ働きもしない。あんな気弱男、放っておけばいいんだよ」
「そうもいかないわ」
口調とは裏腹に、涙目になっている弟の頬にキスをする。
「元気でね、ヒース」
ヒースはドロシアの背中に腕を回し、やさしく抱きしめた。
「……姉上こそ。辛かったらいつでも戻ってこいよ。親父のことはどうでもいいけど。姉上なら俺が養ってやる」
「そう言わないで。お母さまの思い出の屋敷を守ってちょうだい」
弟との別れを済ませ、玄関まで降りると、父が正装して待ち構えていた。
四頭立ての大きな馬車が止まっており、黒いコートを羽織った金髪の男が、かしこまって立っていた。中には鎖帷子を着込んでいるらしく、上着の隙間から見える服は銀色に鈍く光っていた。脇には長剣が刺さっているのが見える。
「こちらがノーベリ―伯爵からの迎えの馬車だ。彼は御者であり護衛のチェスターくんだそうだ」
男爵に紹介され、男は頭を下げる。背が高く、意志の強そうな凛々しい眉をした若い男だった。
年のころはヒースとさほど変わらないだろう。