伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
やがて、デイモンがふたりを呼ぶ声が聞こえてくる。ドロシアは慌てたが、オーガストもビアンカも微動だにしなかった。
「あ、いた。ドロシア様。馬車の準備ができまし……オーガスト様? いつの間に!」
猫化したオーガストを見て、デイモンが慌てて駆け寄ってきた。
「どうしたのですか、これは」
「オーガスト様の猫化が始まって。……騒ぎ立てようとしたビアンカさまに、オーガスト様が何か呪文を呟いて……」
「呪文を?」
デイモンは、主人と向かいの娘の尋常ならざる様子を見て、口元を引き締めて両手を強く打った。
すると我に返ったように、オーガストが体を震わせる。ピンと立っていた尻尾がふにゃりと地面におちた。
ビアンカのほうは状態は変わらない。地面に座ったまま、オーガストのほうに意思のない瞳を向けるだけだ。
「……デイモン?」
「オーガスト様。あなた、ビアンカ様に何をしました?」
「なにか文言を口ずさんでいたわ。私には聞き取れなかったのだけれど」
呆然としているオーガストに変わってドロシアが言うと、デイモンは頭を抱えた。
「……おそらくですが、あなたは彼女に呪縛の呪いをかけています。このままでは彼女が戻ってこれない。屋敷に連れて行かなくては。……子爵のほうは私にお任せください。ドロシア様、ビアンカさまとオーガスト様を馬車へ」
「え、……ええ」
なにが起こっているのか分からない。オーガストが呆然と目を見開いているのも妙に恐ろしく感じた。