伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
「お、オーガスト様?」
ドロシアからの呼びかけに、彼は我に返ったように顔をあげる。
「ごめん、ドロシア。とにかく馬車に行こう」
「はい」
しかし、ビアンカは虚ろな目をしたまま全く動かない。戸惑っていると、デイモンが「命令してください。オーガスト様。今彼女はあなたの言葉通りに動く人形です」と告げる。
オーガストは体をこわばらせつつ、力のこもった声で彼女に囁いた。
「立って歩け、まっすぐにだ。そして馬車に乗る」
オーガストの命令に、ビアンカは自動人形のように従う。
その光景に空恐ろしさを感じつつも、ドロシアは地面に転がったオーガストの服を手に持ち、ビアンカを支えるようにして馬車に向かった。
「こちらです」
デイモンが出発の準備を整えていたので、馬車置き場の一番手前にノーベリー伯爵家の馬車が用意されていた。
ビアンカがドロシアが乗るのを手伝っていると、デイモンが小声で尋ねる。
「子爵には、ビアンカ様とドロシア様が意気投合し、屋敷にお招きすることになったと伝えてまいります。まだ名残惜しいかもしれませんが、男爵のほうにも失礼する旨を伝えますね。……あと、他に猫化を見た方はいませんか」
「いないはずだ。ビアンカ嬢も猫になったとは認識してない。僕がドロシアに消されたと思っているんだ」
これに答えたのはオーガストだ。