伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
「分かりました。とにかく、屋敷まで戻りましょう。呪縛解除に関してはクラリスに頼めば何とかなります」
人形のようになったビアンカをまず座らせ、ドロシアは隣に腰かけた。その向かいに猫の姿のままのオーガストが座り、しばらくして戻ってきたデイモンが、御者に出るように告げて扉を閉めた。
すぐさま、馬車は動き出す。
ドロシアが、無表情のビアンカに怯えた表情を浮かべるのを見て、オーガストは「眠りなさい」とつぶやいた。
そうすると、ビアンカはゆっくりと目を閉じ、体を馬車の背もたれへ預ける。
何故ビアンカがオーガストの言葉に従うのか、訳が分からなくてドロシアは彼を見上げる。
彼女の視線を感じたオーガストは、ぽそり、と小さく口を開いた。
「……ドロシアが、僕を消したと言ったんだ。この子」
「え、ええ」
「無意識だったんだ。君を魔女と間違えるなんて馬鹿げているって思ったらかっとなって」
「オーガスト様」
「僕が呪いをかけたんだ。……魔力なんてないはずだったのに。……どうして」
猫の姿のまま、首をぶんぶんと振っている。ドロシアはいたたまれなくなって猫の彼を抱きしめた。
小さな猫の体が震えている。ドロシアは彼の背中をさすり続けたけれど、震えは一向に収まらない。
魔法のことなど何も分からないが、触れることができる相手を温めることくらい、自分にだってできるはずなのに。
ドロシアは自分が情けなかった。
震え続ける猫の体を本当に温めることなど自分にはできないのではないかと思えてしまったのだ。