伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
「チェスター=メイスンと申します。ノーベリー伯はあまり使用人を雇っていませんので、私がドロシア様の護衛と御者を兼ねさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
「ええ。よろしくお願いいたします」
差し出された手に応えるように手をのせると、甲にキスをされ、思わずどきりとしてしまう。
晩餐会にもいかないドロシアが接する男性と言えば、父か弟、それか使用人のカークくらいだ。男に免疫がない花嫁の迎えにこんな魅惑的な男をよこすなど、ノーベリー伯は何を考えているの? とドロシアは思う。
ときめいてしまう自分を理性で追い出そうとすると、真顔になってしまう。そんな彼女にチェスターはおずおずと問いかけた。
「ところで、ドロシア様の御付きの侍女はおられないのですか?」
カークが馬車に荷物を積み込んでいくのを見ながら、チェスターは不思議そうに小首をかしげた。
「え? ええ。私一人で参ります。……いけなかったかしら」
言われてみれば、貴族の令嬢が侍女も連れずに歩くなどおかしなことだ。けれど、メルヴィル家に新たに侍女を一人雇う余裕などあるはずがない。
「いいえ。旦那様は見知らぬ他人が領地に入るのを嫌いますから。こちらはむしろ助かりますが。さ、ドロシア様、どうぞお乗りください」
「ええ」
「待て、ドロシア」
父が気まずそうにドロシアを見る。チェスターは、親子の別れのシーンには水を差すまいと思ったのか、さっさと御者席へと座った。