伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
「クラリスはその時、私に暗示をかけようとしました。その時のことはあまり記憶にないのです。彼女の瞳を見つめていたと思ったら意識が遠ざかっていって……気が付いたら、彼女は私の目の前で泣いていました。『出来ない』と叫んでね」
デイモンは苦笑すると、ランプを消し、上からの光が漏れる階段のところに腰かけた。
「結局、彼女は私に魔女であること、だからこの屋敷から外には出たくないのだということ、まあ他にも色々話してくれました。自分と結婚することはこの秘密を共有することだとね。私が頷かなければ、今度こそ記憶操作をするつもりだったそうです。……私は頷きました。私とて家族は捨てたくなかったけれど、クラリスを失うこともまた考えられなかった。簡単な決断ではありませんでしたよ。それまでの仕事を捨て、家族との交流も絶ち、自分の常識では当てはまらないことばかりの場所に住むんですから」
「デイモン……」
「けれどオーガスト様は私のことを信用してくださいました。全く世間と交流しないわけにはいかないのだからと、あえて私を外界とのパイプ役にして下さったんです。これが私にとってはひどく良かった。クラリスを愛していても、やはり自分の常識の通じないところにずっといるのは息苦しくなるでしょう? 仕事と称して時々自分の世界に戻れることでひどく呼吸が楽になった。でも一方でクラリスを守るにはここを維持しなければいけないことも分かっています。チェスターが生まれてからはなおのことです。わが子が暮らす世界を守るのは親の務めですから」