伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
「こんなところにいらしたんですか」
仕掛け棚の奥の扉からチェスター差し伸べた手を掴んで、ドロシアは階段を上がった。
一瞬足を引っかけて転びそうになったが、チェスターがすぐに支えてくれる。
「ごめんなさい」
「いいえ。それより、母に言われて呼びに来たんです。ビアンカ様の暗示は成功したので、後はドロシア様が少しお相手をして仲良くなった思い出を作って返せば、暗示が定着するはずだと」
「……暗示が定着?」
「ええ。暗示はあるはずのない記憶を無理やり作り上げることです。でも現実じゃないので、思い出すほどに違和感が出てきてしまうんですよ。それを定着させるには、暗示した状況を実際の記憶で重ねがけしなければならない。今は、オーガスト様が消えた記憶を消して、ドロシア様と意気投合して屋敷まで遊びにきた、という記憶を作ってあります。だから、ビアンカ様と仲良く過ごしていただいて、ビアンカ様の記憶を安定させてほしい……と」
「分かりました。オーガスト様は?」
「……それが」
チェスターの顔が曇り、ドロシアは違和感を覚える。とにかく顔を見れば何かわかるだろうと、一階の応接間へと向かった。
中にはクラリスとビアンカがいて楽し気に話をしていたが、オーガストの姿はなかった。
「あ、やっと来たわね。ドロシア」
ビアンカから親し気に話しかけられ、ドロシアは面食らった。暗示がかかる前はあんなに憎々し気に睨んできたのに、と思うと別人ですか? と疑うほどだ。