伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
「あの時、頭が真っ白になったんだ。君が疑われて魔女裁判にかけられるかもしれないと思ったら、母や……屋敷の者たちが皆殺しにされたあの時を思い出して、体が芯から冷えるようだった。そして気が付いたら、あんなことを……」
「オーガスト様」
「僕は人間だと思っていた。魔法なんて使えないし、あくまでも受動的な……魔法をかけられた人間なんだと思っていたんだ。でもやっぱり魔女の子……人間じゃない存在なんだな」
「何言ってるんですか」
「だって……」
オーガストが黙り込んだ。そして、何度も話し出そうとしては口をつぐんた。
ドロシアの不安はそれによってどんどん高められる。
ついに耐えかねて大きな声をだしてしまった。
「なんなんですか! 何か言いたいことがあるなら言ってください!」
ドロシアの剣幕に一瞬体を震わせたオーガストは、ゆっくりと尻尾を持ち上げる。
瞳が、先ほどより赤みを増したように赤く光っている。
「……猫の姿から戻れないんだ」
「え?」
そういえば、猫化してから半日以上が過ぎている。なのに、彼はまだ猫の姿のままだ。
「そんなの、……そのうち戻るんじゃ」
「いままで、こんなに長い猫化はない。長くても三時間で元に戻っていたはずだ。……僕は」
ひと呼吸おいて、オーガストが俯く。
「僕はもう、人間には戻れない気がしている」