伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
10.そして一緒に歩み出す
「……アール?」
誰もが、黒猫の存在に目を奪われた。
普段、森にいるときは、彼は風景に溶け込むように存在感を消し、静かに佇んでいる。しかし部屋の中で見ると、その艶のある黒い毛並みには気品が感じられ、小さな体が嘘のようにその存在が大きく感じられた。
興奮していたデイモンでさえ、ドロシアの腕をつかんだまま、目はアールにくぎ付けになっていた。
「なーん」
アール自身はいつもと変わらぬ調子でひと鳴きし、オーガストの傍につかつかと近寄ると、何か長く話しかけている。
アールの言葉はここにいる人間の誰も分からない。分かるのはオーガストとアンだけだ。
アンは途中口を挟むように「みゃん」と鳴いたが、アールが「なーん」と鳴くと、傷ついたようにそっぽを向いて部屋から出て行ってしまった。
「どうしたの、アン」
それを、エフィーが追いかけ、彼女をチェスターが追いかけていく。
残されたドロシアとデイモンはオーガストとアールが自分たちには分からない言葉で話し続けるのを黙って見つめていた。
「だめだよ。そんなことをしたらアールが」
「なーん」
オーガストの顔も真剣そのものだ。だけど傍目には猫同士が話している微笑ましい状況にしか見えない。
内容が聞き取れないドロシアとデイモンは、気まずげに顔を見合わせることしかできなかった。
どうやら二匹の話し合いは平行線のようだ。あまりに長いその話し合いに、口を挟んだのはデイモンだ。