伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
「わ、泣かないでよ。おかしなことを言ったかな。君を侮辱するつもりはないんだ。ただ、こんなおじさんと一生ともにするのは嫌だろうと思って」
「だから勝手に決めつけないでって言ってるのよ!」
我慢の限界がきて、ドロシアは勢いよく彼のほほを叩いてしまった。
伯爵が軽くよろけ、怪訝な表情で彼女を見つめる。
それでもドロシアの怒りは収まらない。
娘を売るように縁談を受けた父が憎いのか。
領地のためにそれを受け入れた自分に腹が立つのか。
愛人を持っていいよなどと軽く不実なことを言う伯爵に苛立つのか。
今までも不満はたくさんあった。けれどドロシアはそれらはすべて割り切って受け入れてこられたのだ。
「……違う。私は」
ぼろぼろと真珠のような涙を流しながら、ドロシアはふとこの涙は怒りからではなく悲しみからなのだと気付く。
「なぜ、いい夫婦になろうと言ってくださらないのです。初めから努力をする気がないのなら、なぜ私を妻にと望んだのです。……あんまりだわ。行き遅れは確かに行き遅れだけど。私は妻としての幸せをあきらめたわけじゃないのよ!」
一気に言い終えて、大泣きする。
しばらくオロオロとしていた伯爵は、鼻をすするドロシアにハンカチを差し出した。
それを受け取り、荒くなった呼吸を整えながら涙を拭く。その間、伯爵は立ち尽くしたままずっと彼女を見つめていた。
やがて涙が止まり少しずつ落ち着いてきたドロシアは、自分のやってしまった所業に青くなった。
(やってしまった。……どうしよう、もう支度金も使ってしまったというのに。破談になって返せと言われてももう無理だわ。きっと怒ってる……よね?)
ドロシアはそろそろと視線を上げる。叩かれて赤くなっている頬を押さえたまま、伯爵がぼんやりと彼女を見つめていた。