伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます


「お嬢様、お嬢様―、どこにいらっしゃいます?」


屋敷に住み込んでいる年配メイドのマギーの声に、男爵令嬢ドロシアは動かしていた手を止める。

園芸用のはさみは大ぶりなもので、刃が合わさるとジャキンと鋭利な音を立てた。壁に立てかけた梯子の上でバランスをとりつつ、「私はここよ、マギー」と大声で答える。


「あ、よかった。いらっしゃった。お嬢様、何をなさってるんですか」

「何って、剪定に決まっているじゃないの。この蔦、もう屋敷を覆ってしまいそうよ」

「そんなものはカークにやらせればいいじゃないですか」

「カークはもう歳でしょ。こんな高いところに上がったら腰が砕けるわよ」

「お嬢様にだって何かあったらどうするんですか! もうっ、さっさと下りてください」

「どうせ私に何かあっても困らないわよ」


それでもマギーが悲鳴めいた声を上げ続けるので、ドロシアは剪定を諦めて梯子から降りる。

ドロシアは地面に足をつけると、つぎの当たったワンピースの裾を払った。後頭部で一つに縛った豊かな赤毛の髪には、小さな葉っぱが絡みついており、色白の肌にはそばかすが浮いている。

どこか田舎臭い印象を与えるこの娘が男爵家の令嬢だとは、誰も思わないだろう。

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