伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
ひとりと一匹は木々のトンネルを抜け、開けたところまで出る。そこにはクローバーの芝生があった。シロツメクサが所々に咲いていて、ひとりの男性がこちらに背中を向けてしゃがんでいる。
「本当にびっくりしたよ。叩かれたんだ」
その声はノーベリー伯爵のものだ。びっくりした、と言いながらも声は穏やかで、くすくすと笑っているような声もする。
彼の傍には黒色の猫がいて、まるで彼に相槌を打つように「なーん」と鳴いていた。
ドロシアは木の陰に隠れてそれを見守った。白猫が、彼女に付き従うように静かに足元に陣取る。
身を乗り出すようにして顔だけを木々の合間から出せば、なんとなく表情がうかがえるくらいの横顔が見えた。
「まっすぐで純粋なままなんだな。……悪いことしたなぁ。こんな縁談に乗ってくるのは、打算的な子に違いないって思っていたのに」
「なーん」
自分のことを話されているんだと分かって、ドロシアは息をひそめる。黒色の猫は彼を励ますようにぐるぐると周りをまわり「なーん」と鳴いては彼の指先を舐めた。
「……あの子は、僕みたいな男と一緒になっちゃだめだ」
寂しそうな横顔がそうつぶやいたのを見て、ドロシアの胸が大きく鳴る。
先ほどと言われていること自体は同じだけれど、今度はドロシアのことを思ってくれていることが感じられたからだ。
(でも……どうして?)
ドロシアは改めてノーベリー伯爵を見つめる。