伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
ドロシアがおずおずと一歩踏み出すと、白猫はドレスの中からすっとすり抜ける。
そして、思わず立ち止まったドロシアを見つめてから、わざわざ茂みに突っ込み音を立てた。それは予想以上に大きな音で、伯爵と黒猫は驚いて振り向いた。
「なーん?」
「誰だっ」
いきなり視線を浴びて、ドロシアは再び固まってしまう。ノーベリー伯爵はドロシアに気付いてふっと顔を緩めた。
「なんだ君か。……どうしたんだ。朝食は済んだのかい?」
「いいえ。あの、……その」
怒られるかと思ったのに、予想外の反応だ。驚きと同時になぜだかドギマギしてしまって、俯く。
「早く食べておしまい。メルヴィル邸は遠いのだから」
伯爵は苦笑しながらそう言う。ドロシアは胸のもやもやを吐き出すように思い切って顔を上げた。
「あの、私、……もう少しここにいてはいけませんか?」
「へ?」
ノーベリー伯爵は目を丸くし、「どうしてだい?」と小首をかしげる。
(そんなこと聞く? どうしてって、どうしてってそんなことうまく言えないけど)
伯爵の薄茶の瞳が、時折光を浴びて赤みを帯びる。
この目だ、と思う。この目を見ているとどこか懐かしいような気分がしてドキドキする。
「わ、私、まだあなたのこと何も知りませんし。すぐ出戻るのでは父に怒られます。叩いたことは謝りますから、もう少しチャンスをいただけませんか?」