伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
「だから……、彼は私に帰れって言ったのかしら」
恋がしたいと、いい夫婦になりたいと願っているような初心な娘だから。
今は想像の段階だが、少なからずショックは受けている。すぐさま笑って受け入れることができるほど、ドロシアは不可思議な現象には慣れていないのだ。
(オーガスト様は、私のために帰れって言ってるの?)
「……みゃあ?」
アンがドロシアを見上げる。目に涙が浮かんできて、ドロシアは慌ててそれを自分で拭った。
アンは心配そうに尻尾でドロシアの腕のあたりをさする。
「違うの、怖くないって言ったらうそになるけど。それよりずっと」
気遣ってくれる優しさが、嬉しかった。
「全然、化け物なんかじゃないわ。優しすぎるじゃない……」
例えこの突拍子もない想像が当たっていたのだとしても、ドロシアはオーガストに恐怖は感じなかった。
たった数日しか一緒にいないけれど、彼のことを信じられる気がしている。彼は心の優しい人なんだと。
「みゃお」
アンが、ぺろり、と地面につけた手を舐めてくれる。
ドロシアがそっと頭をなでると、いつもは触られるのを嫌がるアンが、今は逃げずに舐め続けてくれた。
「ありがと、アン」
何故だか励まされたような気がして、ドロシアは白猫にお礼を言った。
「私、頑張ってみるね」
「みゃおん」
ぽかぽかした日差しが、一人と一匹を照らしてくれていた。