伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
「……行きましょうか、ドロシア様」
ドロシアも小さく頷いて馬車へ乗り込む。
座席に腰かけ、唇を押さえる。手に持たされた父への手紙は分厚い。きっと違約金としていくらか包んでくれたのだろう。
(そこまでするならどうして妻にしてくれないの)
ドロシアの瞳から涙が零れ落ちる。
どんな秘密でも受け入れられると思うのに、それを尋ねることさえ許されなかった。
(私はあのキスが、嫌じゃなかったのに。ううん、むしろ、嬉しかったのに)
馬車が走り出す。ドロシアは小窓から小さくなっていくオーガストを見つめた。
涙で濡れた視界はよくないけれど、オーガストがこちらを見て手を振ってくれているのはわかった。
……と、どんどん小さくなっていくオーガストの影がぐらりと揺らいだ。
「チェスター、止めて」
まだ動いている扉を開け、身を乗り出して後ろを見つめる。
オーガストの影は、前のめりに倒れ、膝をついた。
「オーガスト様っ」
「危ない! ドロシア様」
動いている馬車から飛び降り、チェスターの制止も聞かずに、ドロシアはオーガストの元へと走った。
驚愕の表情でドロシアを見つめているオーガストの顔が徐々に毛深くなっていく。
ドロシアは近づいているはずなのに、オーガストの体がどんどん小さくなって見えて、不思議に思った。
驚きながらも、足は止まらなかった。ただ「やっぱり」と荒い呼吸の間につぶやきながら走る。