伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
彼と別れた場所まで戻った時には、地面にはオーガストの服一式が落ち、近くに茶色の猫がいた。
いつものオーガストの瞳に、もう少し赤みを足したとび色の瞳の猫。
「……オーガスト様なのでしょう?」
「みゃ……ああもう、秘密のまま見送れたと思ったのに」
驚いたことにその茶色の猫は人間の言葉を話した。オーガストの声より、少し高めのテノールだ。
「知ってしまったら帰せなくなる、とそう言っただろう。どうして振り向いたりするんだ」
心底困ったというように言われたが、猫の姿では可愛らしいだけだ。
「これが、あなたの秘密なんですか?」
「まあそうだね。僕には猫の命が同居している。……化け物なんだよ」
「化け物なんかじゃない。可愛らしいじゃないですか」
確かに実際に見れば驚いたが、恐ろしい姿と言うわけでもない。
しかも、その茶色の猫は、ドロシアの記憶にある猫にそっくりなのだ。
「オーガスト様、昔私に会ったことがありませんか? まだ小さな頃です」
猫のオーガストは照れたようにそっぽを向いて、つぶやいた。
「初めて会ったときから気付いていたよ。だから言ったんだ。まさか“赤毛の君”がくるなんて。あの時のかわいい少女が、嫁に行き遅れているなんて思わないだろう」
最初の挨拶には、決してドロシアをけなす意味など含まれてはいなかったのだ。
そう思ったら、驚きよりも嬉しさのほうが勝った。
「私、もう、帰らなくてもいいのですよね? 秘密を知ってしまったのですから」
「……そういうことになるね。不本意だけど」
「大丈夫です。絶対不幸になんてならないもの」
馬車が砂煙を上げて戻ってくる。
チェスターが下り立つ前に、猫のオーガストはドロシアの頬をぺろりと舐めた。
「仕方ないね。僕の妻になるかい? ドロシア」
嫌々なようにも聞こえたが、猫のオーガストの瞳は優しかった。ドロシアは彼を抱きしめ、満面の笑みで頷く。
「ええ。私、あなたの妻になります」